ご当地 中国・四国 · 徳島県徳島市

徳島ラーメン

とくしまラーメン

徳島ラーメンは、スープの色で白系・黄系・黒系の三系統に分けて説明されます。現在の主流とされる黒系は、白系の豚骨だしに濃口醤油のタレを合わせたもので、1955年から1964年ごろに二店が確立したと新横浜ラーメン博物館は書いています。チャーシューではなく豚バラ肉の甘辛煮を使い、生卵を落とす点も、この様式の特徴として挙げられます。

発祥とされる時期と場所

資料が何をどう書いているか。

発祥の主張は、資料の書き方をそのまま写します。資料が食い違うときは、どちらかを選ばずに両方を並べます。

時期
1949年ごろ(屋台)
場所
徳島県小松島市から徳島市へ
分類
地域名で語られるご当地

一杯の設計

タレ、だし、脂、麺、具、提供。

軸の並びは横断科目様式の型と同じです。資料で確認できない軸は、確認できないと書いています。

タレ
黒系では濃口醤油のタレを合わせます。白系はタレを控え、豚骨だしの甘みを前に出します。
だし・スープ
三系統に分かれます。白系はさらりとして甘みのある豚骨だし、黄系は澄んだ中華そば、黒系は白系に濃口醤油だれを合わせたもので、同館の解説では現在の主流とされます。
油脂
豚骨から出る脂が中心です。濃口醤油の塩味と、豚バラ肉の甘辛い脂が重なります。
麺
ストレートの中細麺で、やや柔らかく短めとされます。ご飯と一緒に食べる前提で、すすり込みやすい長さになります。
具
チャーシューではなく豚バラ肉の甘辛煮を使い、生卵を落とすのが特徴です。もやしやねぎを合わせます。
提供・食べ方
ご飯のおかずとして食べる文化があり、白飯と一緒に注文する人が多い土地です。生卵を崩すと、塩味と甘辛さの当たりが和らぎます。

設計の理由と広がり

なぜ、その土地でその形になったのか。

気候、水、産業、労働時間、流通、営業形態。資料が理由として挙げていることだけを書き、推測は推測と示します。

設計の理由として挙げられていること

同館の解説では、徳島ハムの工場から安価な豚骨が大量に供給されたことが発展の背景として挙げられています。食肉加工の副産物が、土地の様式の土台になった例です。

系譜の広がり方

同館の解説では、地元の代表店が新横浜ラーメン博物館に出店したことを通じて、全国にも知られるようになったとされます。系統の呼び方は資料によって黒系・茶系と揺れがあります。

年表

資料で追える出来事。

年は資料の表現に合わせています。「ごろ」「とされる」を外していません。

  1. 1949年ごろ

    同館の解説では、小松島で二木弘氏が屋台を開いたのがルーツとされます。

  2. 1955年から1964年ごろ

    同館の解説では、「広東」「いのたに」が黒系のスタイルを確立したとされます。

  3. 現在

    黒系が主流とされ、白系・黄系も残っています。

資料に名前が挙がる店

発祥店とされる店、代表店として挙がる店。

資料に記載があった店だけを載せています。営業状況は資料からは分かりません。訪れる前に各店の案内で確認してください。

百名店の掲載店

いま営業している2店が、このタグで見つかります。

食べログ「ラーメン百名店」の掲載データから、この様式のタグが付いた営業中の店を出しています。所在地はこの様式の土地に限りません。 様式が他の地域へ広がった結果も、同じタグで並びます。

  1. 支那そば 王王軒 本店(食べログのページを新しいタブで開く)3.70WEST/徳島県板野郡藍住町/吉成駅百名店 2025・2024・2023・2020/醤油・濃厚系(白湯)・豚骨・中華そば・徳島ラーメン
  2. いのたに 本店(食べログのページを新しいタブで開く)3.68WEST/徳島県徳島市/徳島駅百名店 2025・2024・2023/醤油・豚骨・中華そば・徳島ラーメン・老舗

読むときの注意

断定できないこと。

確認できなかったこと、資料が食い違うこと、数え方で変わることを書き出しています。

根拠資料

このページが依拠した資料。

資料は更新されます。表示内容とリンク先の最新の記述を照合してください。資料区分は登録した区分をそのまま表示しています。